vol.1:ローライで旅を撮る

インタビュー、文 高沢賢治(良心堂)

ローライ2.8Fを二台
バリ島の東隣にあるロンボク島、タイのムック島、マレーシアのティオマン島、そして沖縄の竹富島……。渡部さんが旅した島の風景はモノクロームの写真の中に静かに留められている。

渡部さんは27歳の時に新聞社を辞めてフリーカメラマンになった。その時、6×6フォーマットのローライが欲しいと思ったが、フリーになりたてでお金がなかった。そこで、わずか7000円の二眼レフ「中華」を買って仕事に使った。

「中華は使いづらかったけど、よく写ったんですよ。『オレは世界で一番安いカメラでグラビアを撮ってる』なんて威張ってたくらい、よく使いました。でも一年ほどでピントが片ボケを起こすようになっちゃった」そんな時、ある雑誌の10ページほどの撮影で「これは四角い画面だ!」とひらめいた。「『これはもう、ローライを買うしかない!』と思って、カメラ屋に行ったら、欲しかったプラナーはなくて、クセノタール80ミリF2.8付きしかなかった。でも『かたちが一緒ならレンズは違っててもいいや』と思って買ったんです。さっそく撮って自分でカラープリントを焼いてみたらすごくきれいだった」

 クセノタールがこんなにきれいに写るなら、プラナーはどうだろう。渡部さんは、翌週には別のカメラ屋でプラナー80ミリF2.8付きを買った。

「それから三年くらいは、ほとんど全部の撮影をローライでやりました。ポートレートの仕事が多いので、細かいカットは35ミリで撮るけど、メインはローライで撮ることが多かったですね」

15分だけの気持ちいい時間
ローライを持って旅に出るようになったのは、写真集『午後の最後の日射』の巻頭に収められているロンボク島への旅からだった。

「カメラはローライ一台だけ。フィルムは20本くらいしか持って行かない。仕事の合間に行くから、一回の旅行はせいぜい一週間から10日です」

しかも、旅の中で撮影に使う時間はほとんどわずか。
「旅に行って、ほんとに気持ちいいなと思えるのは一週間いて15分くらいですね。そのほかは最悪です。旅にはいつも一人で行くんですけど、メシは一人で食べなきゃいけないし、寂しいし。でも、ほんの15分だけすごくいい時間があるんですよ。その時だけカメラを取り出すんです。だから、一度の旅行でそんなにたくさんフイルムを使いません。
粘って撮るというのはあまりないですね。本当に気持ちいい時間だけカメラを取り出して撮れば、どう写ってもそれはそれでいいか、と」

警戒心を解くローライ
島では「やらなくてはいけないこと」など何もない。食べて飲んで泳いで、海岸線を歩いて、それぐらいだ。そんな旅にローライはよく似合う。

「たぶん、旅先で35ミリカメラにズームレンズを付けてバシャバシャって撮ったら向こうの人はみんな怒りますよ。でも、ローライは、撮ったか撮ってないかわからないくらいシャッター音が小さいし、地元の人にファインダーを覗かせてあげるとみんな喜びます。だから、ローライで写真を撮って怒られたことはないですね。
向こうの人を撮りたい時には、目と目で「撮ってもいい?」という感じで撮ります。ローライだと、なぜか警戒心を抱かれないんですよ。
撮影する時に気を付けているのは、ローライはブレやすいということ。構える時に、ボディーが身体のどこにも当たらないでしょう。だから、気を付けないと、いくらでもブレる。それに開放で撮る時にはピンボケにも注意。F2.8開放にすると、ピントは紙一枚くらいしかない、本当に薄いんです。ちょっと絞ると厚くなりますけどね。」

二台あったローライ2.8Fのうち、クセノタール付は渡部さんの助手のところに行った。

「ぼくの撮影を見ていてどうしてもローライが欲しいっていうんで、ぼくのところから独立する時に譲ったんです。
だから今はプラナー付きだけになっちゃったんですけど、ローライは丈夫だから故障の心配はないですね。それに旅の時には壊れたからって仕事と違って誰にも怒られませんから。
ローライは、海辺に座ってただただファインダースクリーンに映る海を見ているだけできれいなんです。気持ちいいんですよ」

 

「使うローライ」
季刊クラシックカメラMiniBook8として2000年10月に発売。 各種ローライの詳しい使い方とローライレンズの魅力を紹介している。この「使う」シリーズは詳細なテキストもさることながら、作例写真が素晴らしいことでも定評がある。他には 「使うバルナックライカ」 「使うM型ライカ」 「使うニコン」 「使うハーフサイズカメラ」「使うキャノン」 「使うハッセル」 「使うライカレンズ」 「使うコンタックス」 「使うペンタックス」 「使うGR」 などが発売されている。