vol.13:6月の写真展の○

○斎藤亮一写真展「ゆるやかなとき」新宿コニカプラザ5月31日〜6月8日

 斎藤さんは僕が敬愛する写真家のひとりだ。編集者がくれた個展の案内状の写真に魅かれ「ノスタルジア」を見に行ったのがきっかけだった。まだ銀座松屋前にあった頃のニコンサロンで、広い壁を埋め尽くすような展示に圧倒された。モノクロームの全紙のプリントの前を行ったり来たり、なかなか見終えることができなかった。ロシア鉄道の旅をまとめたこの写真展と同名の写真集は、旅写真におけるひとつの解答を出していると思う。

 斎藤さんは僕より2つ上の42歳。これまで12回の写真展と6冊の写真集を出している。1990年からは95年を除き、毎年写真展を開催している。一度でも写真展を開いたことのある人ならそのすごさが分かってもらえるだろう。今年、2000年度の日本写真協会年度賞を受賞している。

 今年もコニカプラザで写真展「ゆるやかなとき」が開催された。毎年ロシア、ベトナム、キューバ、バルカンと旅を続け、今回は中央アジアを舞台としている。彼の特徴でもあるペンタクッス67で標準レンズを使い、すべてモノクローム。フィルムはトライX。斉藤調とも言える空のトーンを落とし、印画紙の地白は見せない丹念に焼きこまれたプリントで、すべて横位置で撮影されている。

 全紙に伸ばされた写真からは中央アジアの乾いた空気が伝わってくる。斎藤さんがレンズを向けるのは、はたから見れば豊かではないけれど決して不幸ではないと思わせる人々。キューバを撮っても、戦地になったバルカンを撮っても、こういった人々が住んでいる限り大丈夫だと思ってしまう。皆、斎藤さんの向けたレンズをやさしく見つめ笑いかけている。極端なアングルやパースペクティブとは無縁だ。まっすぐな視線が心地いい。人々とどんな時間を持っているのだろう。会話は交わすのだろうか。しかし一箇所に留まっている気配はない。歩みを止めることなく次の町へと進んでいる。

 毎年、斎藤さんの写真展を見るのは楽しみだ。案内状が届くとスケジュールに○をつけ初日に駆けつける。今年で5度目になった。写真集もほとんど持っている。そろそろ斎藤マニアを自認してもいいだろう。

斎藤亮一ウェブサイト (http://www.saitoryoichi.com/)


○久保田博二写真展「Images of Asia」PGI芝浦6月1〜30日

 カラー作品で感動することは極めて少ないのだが、「Images of Asia」は素晴らしかった。ダイトランスファーで制作されたプリントはポジポジプリントのクリアさとネガプリントのトーンの豊富さの両方を備えていた。ダイトランスファープリントとは、ポジで撮られた原稿を3枚のフィルムにカラー分解し、RGB三色の染料を使用した転染法によるカラープリント。職人技が必要な手法で、1点制作するのにたいへんなコストと時間がかかるが、各色の微妙なコントロールや暗部のディティールの階調が豊富という代えがたい利点がある。現在では専用フィルムの製造中止で新たなプリントは難しくなっている。

 作品は中国、北朝鮮、ミャンマーなどアジアの写真だが、最近はやりの個人的な視点から撮られたものではなく、もっと高いところから物事を見ている感覚。それは当然物理的なものではなく、精神世界の話である。目線がカメラの後ろから見ているような感じだ。ミャンマーの金箔が貼り付けられた黄金の巨大な石の写真は、群青色に落ちた空をバックに、もはや宇宙すら感じ、中国の桂林は3枚の連作となっていて、ダイナミックな視線の移動を楽しめる。北京の花火の赤に、ラサのボロボロの服に感じる美しさ。いずれもダイトランスファープリントが作品の価値を高めている。

 こんなにも完成度の高いカラーの写真展はひさしぶり。芝浦まで足を運んで本当によかったと思う。