vol.15:ツァイス単眼鏡

 ツァイス、特にZeissとか書かれていたりするともうだめだ。なにか心がメロメロッとなってしまう。おそるべきドイツブランドの力だ。

 ローライを手始めに、ハッセル一式、コンタックスG2と使っては、コントラストが適度に高く、あくまでシャープで、光の少ないところでも鮮やかなツァィスレンズに惚れこんでしまっている。レンズをしげしげと見つめては、指で触ってしまいたい衝動にかられてしまう。かの赤瀬川源平氏は、艶かしく光るレンズの誘惑に負け、ペロリと舐めてしまったという。その話を聞いて大きくうなずいてしまうのだった。

 ツァィスのレンズはファインダーを覗いても違うという。が、実際はスクリーンを通して見ているわけだからダイレクト感は薄れてしまう。フィルムに定着されたのものは当然美しいが、ツァィスをもっと直接見たい。網膜をフィルム代わりにしたい、とついつい思う。

 そんな願いを叶えてくれるのが単眼鏡、双眼鏡の類いだ。

 ある時、小学館のラピタという雑誌に、友人の毛利甚八がツァィスの単眼鏡のエッセイを書いていた。彼が美術館めぐりをしている時、ある粋な老人から借りたツァィスの単眼鏡の性能に驚き、同じものを買ったという話だった。美術館や博物館に行っていつも残念に思うのは、ガラス越しの展示が多く、立っている位置から肝心のものが離れているため、細部のディティールがいま一つ分からないということだ。細部の意匠にこそ本質が隠されていることが多いだけに、間近で見ることの出来ないもどかしさがつのる。

 ツァィスの単眼鏡3×12Bはそんな時に威力を発揮する。大抵の単眼鏡、双眼鏡は、遠くの物を見ることを目的に設計してあるため、倍率を8倍以上と高く設計してある場合が多い。3×12Bはそれを3倍に抑え、近くのもの、特に5メートル以内のものをハッキリ見るために作られている。遠方を見る時は3倍の望遠鏡に、近接時には5倍のルーペとなり、27cmまで寄ることが出来る。その場合、直系3cmくらいの範囲が見える。
 
 全長は5cmくらい。手に握り込めるくらいコンパクトだ。見え方はツァィスそのもので、肉眼で見るよりもシャープに細部を描き出す。特に驚くのが暗部のディティールで、見えていなかったものが、レンズを通すことによって浮かび出てくる。夜、これを覗くと驚くこと請け合いだ

 無限遠もクリア。滲みもいっさいない。イメージサークルの広さはタップリで、少々アイポイントをずらしても画面がけられる事はない。これは他社の製品との大きな差となっている。

 とにかく手元にこれがあると、手当りしだいなんでも覗きたくなる。そして写し出されたものの美しさに、毎回毎回感嘆してしまうのだ。時間つぶしにもってこいのおもちゃだ。次に旅にでるときは必ずポケットに入れていくと決めている。どんなものが覗けるか想像しただけで楽しくなってくる。

 値段は定価で4万7千円、消費税込で5万円。ツァィスとしては安くても、おいそれと買えるしろものではない。そこでヨドバシカメラのポイントカードを貯めることにした。ヨドバシ価格で2万9千円、消費税込で3万450円。30万円分の買い物をすると手に入れることが出来る。せっせとフィルムを買ってようやくポイントをためた。

 しかし結構品切れが続き、手に入れるのに時間がかかった。意外な人気商品らしくコンスタントに売れているらしい。どんな人が買っていくのか興味がわいてくる。その人もきっと、手当たりしだい身の回りのものを覗いているに違いない。