vol.28:ブツ

撮影を担当した、「スタイリッシュ・ビーズジュエリー」(日柳佐貴子著 文化出版局)が売れている。7月に発売して、あっという間に三刷となった。大人のビーズアクセサリーの本として、写真を大きく使い美しいデザインになっている。


女性なら知っていると思うが、今ビーズアクセサリーが大流行で、本屋にはビーズ本のコーナーまで出来ている。全体的に売れているというが、その多くの本の中での増刷はすごい事。作者の日柳さんは、これが初めての著作。出版社に企画を出し続け、3度目にしてようやくOKがでたという。景気の悪い出版業界でのシンデレラストーリーだ。


商品撮影のことをブツ撮りと呼ぶ。


学生時代、大日本印刷スタジオのバイトをしたことがある。印刷会社も大手になると、自社でカメラマンとスタジオを持ちカタログ製作を請け負っている。通信販売のカタログ班に配属され、カメラマンのアシスタントのアシスタントをすることになった。当時、アルバイトの時給の相場が5百円ところを、650円払うというのに惹かれたのだ。当然時給が高いのには訳がある。


第一アシスタントはカメラ回りと呼ばれるフィルムやレンズの係り。第二アシスタントはライトを運んだり、建て込みの手伝いをする、いわゆる雑用係。初めての経験で張り切るものの、なにをやるのかさっぱりわからない。

最初についたカメラマンは、天井のスカイライトを見上げると一言「アレ」という。「なんのことでしょう」とおそるおそる聞くと「だからアレ!」と語気を強める。最後には切れたように「スカイを降ろすんだよ!」と怒鳴られた。万事がこの調子だ。現場での言葉は短い指示だけ。アレだのソレだのココだの。いったいなにを言っているのか分からないまま仕事が続く。撮影は午前9時集合で、終わりは翌日の午前2時。さすがに終電が無くなりますと泣きついて0時前には帰してもらった。それが10日間続いた。10日間の契約終了後、「学校が忙しいので」と言って逃げた。


同期のカメラマンに会うと、昔のカメラマンは切れる人が多かったと皆、口をそろえる。口より手。大事なことは絶対教えてくれない。知りたければ盗め。その頃の話になると、「血尿が出た」だの「鉄で出来たポラホルダーで思いっきり殴られた」だの「つま先立ちで仕事をしなければならなかった(素早く動けるように)」などと、辛かった自慢が続くことになる。


個人のブツ撮りカメラマンのアシスタントもやった。「ユーを一人前にしてあげる」が口癖だったが、お金は交通費すら1円も貰えなかった。ようするに1人前ではないのでお金は払えないというわけだ。そしてやっぱり口では何も教えてくれない。朝から晩まで振り回されて、怒鳴られた。怒鳴られるのはしかたないが、どうして怒鳴られるのかすら分からない始末。


今になって思えば、このカメラマンの気持ちは痛いほど分かる。弟子たるもの先生の一挙一動をあまさず見守り、自分の肥やしとすべし。今ならわかる…


ぬるま湯の学生にその意図は微塵も伝わるわけがなく、これも1週間で逃げた。ただ、ただ、ブツ撮り恐怖症となり、「スタジオにだけは就職するのはやめよう」と固く誓ったのだった。


人物撮影で食べていけるようになると、なるべくブツ撮りには近づかないようにした。第一しばらく付き合った担当は、だんだんとブツ撮りの仕事を回さないようになってくる。ブツ嫌いがばれてしまうからだ。


それがある編集者の一言でブツ嫌いが変わってしまった。オーディオ雑誌で人物を撮っていたのだが、「ポートレートを撮るようにオーディオを撮ってください」というのだ。


なるほど、そう考えれば出来るかもしれない。そう思って撮ってみるとブツが面白い。光物細工の極みのような超高級機種など、眺めているだけでうっとりする。第一、いくら時間をかけようとオーディオは文句をいってこない。日頃はバタバタとした撮影だが、この日ばかりは、じっくり細部を詰めることに没頭できた。雑誌がリニューアルするまで3年間撮ることが出来た。


渋谷のギャラリー「ル・デコ」の企画展で、「相場るいじと6人の写真家展」に参加したことがある。陶人形作家の相場るいじ氏の作品を、藤井春日、岩切等、近藤久典、豊浦正明、渡辺浩、渡部さとるの6人の写真家が撮り下ろし、オリジナルの人形と一緒に展示するといったコラボレーションだった。


相場氏の数ある人形から気に入った物を選び出し、写真家それぞれが自分のスタイルで撮る。出来上がった写真を見て、同じ人形作家の作品を使っても写真家によって、こんなにも出来上がりに違いが出るものかと驚いた。それはギャラリーを訪れてくれた人も一様に同じことを口にしていた。

 



撮る人が変われば写真も変わる。こんな当たり前のことにあらためて気がついた。


この写真展を見た編集者から、「ティディベアを撮りませんか」と電話があった。あの、おどろおどろしい写真を見て、ぬいぐるみの本を撮らせようとはいい度胸だ。「人物のポートレートのようでよければ」と答え、撮影を受けた。1冊の本を作り上げるのは楽しい。以来、ティディベアから今回のビーズまで、もう7冊のフォトブックを撮っている。


僕がブツを撮る基本はいつも、「ポートレートのように」だ。