vol.39:わすれもの
事務所の暗室でプリントしていると友人のカメラマンTから電話があった。
「ヨー、ひさしぶり。どうしたの?」と僕。
「渡部、おまえ今どこにいる!」なにやらせっぱ詰まっている。
「暗室にいるけど。どうした?」
「実は今から○○文化会館(事務所から車で10分の距離)で作家の撮影なんだが緊急事態が発生した」
「どうした、機材でも壊れたか」
「いや、その… レンズ忘れた…」
「な、なんでもいいから中版カメラ貸してくれ…(泣)」
この男、ロサンゼルスで個展を開き、たくさんの写真集を出版し、海外のメディアで特集が組まれるくらいの写真家だ。それでもレンズがなければ写真は撮れない。
フジのGX680を持っていったのだが、しばらく使っていなかったためレンズを別のバックに入れっぱなしにしていたのを忘れたらしい。
慌てた姿が目に浮かぶ。現場に着いて、いざセッティングとバックを開けたらそこにはカメラのボディだけがゴロン。しばし頭の整理がつかないだろう。なんでレンズがないんだ?アッと気づいてももう遅い。レンズは事務所の棚に眠っているのだ。すがるような気持ちで僕に電話をかけてきたに違いない。
同じような話しを、アイドル写真集などを数多く手がけている、写真家渡辺達生氏のエッセイで読んだことがある。
サイパンかどこか南の島でのアイドル撮影。ロケ場所を求め無人島に小船を出してスタッフ全員が移動。夕方、また迎えにきてもらうことに。
さあ撮影! と、機材を確かめたらレンズ一式を入れたバックが見当たらない。持ってきたバックには予備も含めてたくさんのカメラボディが詰めてあるが、レンズは1本も入っていない。海外ロケの場合、故障のことも考えて複数台のセットを持っていく。大量の機材となるため、カメラのボディとレンズ、それぞれを分けてパッキングしてあったのだ。どうやらレフやら食料やら水やらのたくさんの荷物にまぎれて、アシスタントが船着場に置き忘れてきたらしい。
無人島であるから電話など無し、夕方まで船がこないから外界と連絡の取りようがない。
あきらかにアシスタントの責任である。
アシスタントは沖に小船を見つけるとエイヤッと海に飛び込み、泳いで船まで近づいた。船に乗り込むや漁師に金を握らし一目散に船着場まで行ってもらう。幸いレンズの入ったバックは盗まれることもなく船着場にポツンと置いてあった。彼は無事レンズを抱えて無人島に戻ることが出来たという。めでたし、めでたし。
海に飛び込んだアシスタントは偉いが、その戻りを待っていた渡辺達生氏の心境を考えると胸がイタイ。よしんば船着場に着けたとしてもバックが盗まれていたらそのロケ自体がパーなのである。
そのエピソードを読んでからは絶対ボディとレンズはワンセットにしようと決めた。少々かさばることなど、レンズを忘れることを考えたらたいしたことはない。
先ほどのカメラマンTの名誉のために言うならば、彼は35ミリのセットは持参していたそうだ。スタッフとの相談の結果、35ミリで撮影しようということでカメラを借りに来ることはなかった。ちゃんとプロとして複数のカメラを持っていくという保険はかけてあったのだ。
僕としてはカメラを借りに来たそいつの顔を是非見たかったのだが…
さて、彼がどんなカメラマンか知りたい人は
http://www.mao2.net/M_toyo/index_M.html
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