vol.43:食

おいしいものが好きだ。高価なものばかり食べる気はしないが、腹を満たすだけの餌はいやだ。一食一食を無駄にしたくない。


一日中スタジオにいると昼に店屋物を頼むことになる。どうしてデリバリーの弁当というのはああ味がないのだろう?毎回メニューの写真につられては後悔する。結論として「お蕎麦屋さんの出前が一番いい」、ということになってきた。あれは何処であってもあたりはずれが少ない気がする。


文化出版局のスタジオは文化学園の学校の中にある。そこの学食でたまに食べるのだが、学生向けとあってボリュームがあって値段が安い。味もまあまあ。しかし、そこにはすごい逸品が隠されている。午後4時販売、30個限定特製カレーパンだ。お一人様3個までのため、3時50分には編集者とアシスタントはパン屋に並ぶのが仕事となる。あげたてのカレーパン!あつあつのカレーパン!油が良いせいか食べるとサクサクと音がする。カレーパンがスタジオに到着すると、キリキリしていた雰囲気がほんわかと和む。おいしいものの力は大きい。


暗室作業が好きなカメラマンには自分で料理を作る人が多い。どちらも水場での作業で、段取りと手順が大事だ。レシピが重要なのも似ている。共通点は意外と多い。何せ写真を「焼く」と言うくらいだから。


写真家ヤマグチゲンの自宅でのパーティに行ったときは驚いた。専門店によくある、下部がガス台になっていて材料が混じらずに煮込むことのできる業務用鍋で、おでんがおいしそうな湯気をたてているのだ。自ら材料を吟味し、味付けの出汁の取り方ひとつにも拘っている。食後のデザートにはこれまた業務用のソフトクリームマシーンで作った特製抹茶アイスが供された。2階建ての1階リビングはまるっきりのパーティ用。彼はサービス精神が旺盛で、周りを楽しませてくれる性格。いつも人が途切れることがないという。


ご多分にもれず僕も台所に立つ。好きなのは魚料理。というより魚をさばくことが好きなのだ。本当に新鮮な魚に包丁を入れると骨と身がピリピリと音をたてて分かれる。一匹の魚をきれいに三枚に下ろすことができたときは快感さえともなう。



この頃、午後4時には家に帰り夕ご飯を作る。メニューは冷蔵庫にあるもので。手の込んだものは作れないが、手間だけは丁寧にかける。このへんはプリントと同じこと。家族が帰るタイミングを計って調理する。今日のメインはラム肉。ソテーした肉汁を使って野菜を炒める。夕食は自分の暮らしの中でかなり高いウェイトを占める。おいしく食べることができれば色々あってもとりあえず幸せ。




羊の肉を食べながら思う。今、幸せの反対側にあるような羊がご馳走の国に、アメリカは爆弾と一緒に食料を投下している。どう考えても不思議な話。矛盾とはこういうことを指すのだろう。

アメリカのやっていることは地面に投げ捨てたものを拾って食えと言っているようなものだ。

池澤夏樹氏は、自身が発行しているメールマガジン
http://www.impala.co.jp/oomm/index_i.html
の016「敵からの贈り物」で「プレゼントというのは投げ与えるものではなく、手渡すものです」と書いています。

また、写真家藤原新也氏のオフィシャルサイトのなかのTALK「空から恥が降る」
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.html
でも援助物資の空中投下の話に触れていています。


25年前のアフガン紀行文を読むと、「かの地は美しく桃源郷のような場所だった」と記されています。おいしいものもたくさんあったことでしょう。


もう一度、食事を心から楽しめる国になることを願います。