vol.56:木村伊兵衛賞

3月3日付けの朝日新聞で2001年度の木村伊兵衛賞が発表された。受賞者は川内倫子と松江泰司の両名。紙上で、篠山紀信は川内倫子を「流行の癒やし系、小さな幸せなどと思ったら大まちがい、けっこう怖いです。残酷です。そしてエッチです」と講評している。松江泰治には土田ヒロミが「(見る人に)曼荼羅絵図の宇宙観を体験するかのごとき視覚を獲得」させると語っている。


川内倫子は昨年暮リトルモアから3冊同時発売された「うたたね」「花火」「花子」の中から、「うたたね」と「花火」が、松江泰治は服飾ブランドメーカーのヒステリックグラマーから出版された「Hysteric MATUE Taiji」が受賞対象となっている。


コラムvol49でちょっと書いたけど今年の木村伊兵衛賞に川内倫子はないと思っていた。昨年の女性3人への大盤振る舞いからして今年女性はないと踏んでいたのだ。今年は必ず正統派に振れる、モノクロだと確信していたのだが大ハズレ。一人はモノクロ正統派だったが、僕が推していた笠井爾示ではなかった。


「木村伊兵衛賞」は朝日新聞が主催している写真の新人賞で今年で27回目になる。スナップ写真の達人、故木村伊兵衛の名を冠し、その年に写真界に一番影響を与えた新人に贈られる賞だ(新人の定義がはっきりしないのだが)。写真界の芥川賞の位置づけで、メデイアがバックについているから認知度は写真賞の中で最も高い。ちなみに毎日新聞は「土門拳賞」をフォトジャーナリズムに貢献した写真家に贈っている(これは新人賞ではない)。


受賞者は1975年第1回受賞の北井一夫から、
 76年・平良孝七
 77年・藤原新也
 78年・石内都
 79年・倉田精二 岩合光昭
 80年・江成常夫
 81年・渡辺兼人
 82年・北島敬三
 83年・該当者なし
 84年・田原桂一
 85年・三好和義
 86年・和田久士
 87年・中村征夫
 88年・宮本隆司
 89年・武田花 星野道夫
 90年・今道子
 91年・柴田敏雄
 92年・大西みつぐ 小林のりお
 93年・豊原康久
 94年・今森光彦
 95年・瀬戸正人
 96年・畠山直哉
 97年・都築響一
 98年・ホンマタカシ
 99年・鈴木理策
 2000年・長島有里枝 蜷川実花 HIROMIX
 2001年・川内倫子 松江泰治
となっている。


こうやって見ていくと該当者なしが83年の1回だけ。同時受賞が79年、89年、92年、2000年2001年の5回となっている。今年で27回のなかで5回。意外と多い。作風はモノクロが16人、カラーが16人とちょうど半々。96年以降は9人中7人がネガカラーを使っている。


女性受賞者は、
 70年代、石内都
 80年代、武田花
 90年代、今道子
 00年代、長島有里枝 蜷川実花 HIROMIX 川内倫子
の全部で7人。全32人中7人はちょっと少ないか?でも2年連続で4人の受賞。




毎年毎年、発表されるたびに受賞者の選考を巡って外野は大騒ぎ。いい酒のつまみになっている。久しく賞自体の意味が薄れてきていると言われるが、年一度のお祭りだと思ってこの時期を楽しみにしている。まあノミネートをされたことがないから言えるのだけれど。


松江泰治を知っている人は写真好きの中でも少ないかもしれない。1995年、瀬戸正人の受賞のときにすでにノミネートされていて、写真界ではずっと注目されている。しかし彼のメディアへの露出は極端に少ない。また彼の写真の場合、オリジナルプリントを見ないことにはまるで要領を得ない。というのも彼が撮っているのは「地球の表面」。小高い丘に大判カメラを据えてモノクロで世界中の地表を撮っているのだが、そこがどこの場所かはなんの意味も持たない。プリントの仕上がりはおそろしく美しいが、モチーフと言えば林とか岩が乾いた白っぽい地肌に小さく点々と写っているだけ。ツアィトフォトサロンで始めて見たとき、「1991年イエメン」とタイトルについているのを見て「なんでイエメンまで行ってこんな写真を撮ってんねん?」と思わず突っ込みを入れたくなった。しかしツアィトを中心にずっと活動を続け、近年「もうそろそろ」と言う気配が評論家から感じられた。


朝日新聞では、「川内倫子のミクロの風景と松江泰治のマクロな風景」の受賞としていたが、なにかバランスをとろうとしているのが見え隠れしているようでちょっと釈然としない。でも川内倫子だけの受賞でも突っ込みたくなるだろうし、松江泰治だけというのも考えづらい。


たしか99年の鈴木理策の受賞のときに「木村伊兵衛賞は原則一人」として最後まで争った百々新(とど あらた)を落としているが、あれはなんだったんだろう?ホンマタカシのときの佐内もそうだった。その後佐内は毎年ノミネートされているが、なにか取りっぱぐれたという感じだ。しかし噂によると彼は、今年5冊の写真集を出版する予定らしいから、見事リベンジとなるかもしれない。



先週2冊の新作写真集が届いた。1冊は先週紹介した加藤朋子の「common」。写真展にあわせて自主制作されたもの。フェアドットという網点を使わない新しい印刷方法が使われている。オリジナルの原稿と照らし合わせてみてもトーンの出方に遜色はない、非常に魅力的な印刷だった。


妹さんがデザインを担当、カバーや綴じに趣向が凝らされた楽しいつくりだ。具体的に言うと、無線リング綴じ、全48ページに46点のモノクロ写真が掲載。白の表紙に朱色でタイトルが箔押しされ、折りたたみ式のカバーは全体を包み込むようになっている。仕掛けも楽しく、定価は1500円に抑えられていて買い求めやすくなっている。4月末の僕の写真展で販売します。残念ながら書店での販売はしていない。


もう1冊は柴田のりよし氏の「TIBRTANNS(ティベタンズ)」。なんとモールからの出版になる。モールは昨年6月に倒産したのだが、現在函館に住んでいる津田基氏が発行人になっている。柴田氏とは昨年、モールが縁で会うことが出来た。僕と同じ新聞社上がりのフリーカメラマン(もっとも彼は共同通信社のエリートだが)で、チベットに入れ込み何度も通っていると言うことだった。12月の出版予定を過ぎていたので心配していたのだが、この3月に晴れて出版となった。


黒いハードカバーの上製本で、124ページ立てに55枚のモノクロ写真が編まれている。片側1ページに1点の構成で、全て横位置の写真になる。35ミリカメラを使いチベットの風俗、暮らしに溶け込むようにシャッターを切っている。ガイコクジンがカメラを持って旅行して、といった手合いとは一線を画している(書いていて胸がイタイ)。いいも悪いも、楽しいも辛いも全て写し取っている。ひとつだけ言えるのは「ここに行ってみたい」と思わせる写真集だということだ。僕が多くを語るより、本屋さんで手にとって見て欲しい。都内大型店(リブロ、紀伊国屋、ABC、パルコなど)なら置いてあるはず。扱いはISBN4-938628-48-1 C0072。近々写真展も開催すると言うことなのでとても楽しみにしている。