vol.57:現像待ち

今、土曜日の朝9時半。もうとっくに朝ご飯を食べて新聞読んで、メールチェックしてボーっとPCの前に座っております。やることないのでこれを書き始めたのだけど胸がなにかザワザワと落ち着かない。というのも、10時半過ぎの現像所からの仕上がり配達を待っているから。


昨日まで文化出版局から出るビーズアクセサリーの本の撮影で連日スタジオに詰めていた。昨年発売された「スタイリィッシュ・ビーズジュエリー」(日柳佐貴子著)の続編。この本は売れに売れて8刷も増刷を重ね、いまだに売れ続けている。数あるビーズ関連書籍の中でトップの売れ行きらしい。今年も昨年と同じスタッフでの撮影となった。1冊目が成功したため、よけい力が入る。


ゴトンと郵便受けのほうから音がしたので急いで見に行ったけど現像所の配達ではなかった。撮影中ポラも切っているし、露出も大きく段階露光しているし、カメラも途中途中でチェックしているし、前日までの上がりに何の問題もなかったから何の心配も要らないはずなのに今、ちょっと胃がいたい。


もう18年もやっていていまだに現像の仕上がりが不安。「いい加減慣れろよ」と自分でも思うのだけれどこればっかりは仕事でカメラマンをやっていく以上はついてまわりそう。自分の写真を撮ったときは仕上がりが楽しみでしょうがないのに、いざ仕事となると「頼むから写っていてくれ」と祈ってしまう。


10時15分、ようやく堀内カラー到着。ピンポンの音にダッシュ。上がりを受け取りすばやく1シート目をチェック。「ああよかった、写ってる」後はゆっくりとルーペで細部を確認していく。ホコリひとつ、指紋の汚れひとつが問題になるので仔細に見ていく。20本近く撮ってすべてOK。胸のつかえが一気におりた。週末は気分良く過ごせそう。


最悪なのは金曜の深夜に撮影でフィルムを現像所に入れると仕上がりが月曜日のお昼過ぎになってしまうことだ。そうなると土日は気分的にすっきりしない。なにか胃がつかえる感じがずっとしている。


今回はブツ撮りなので自分のペースで撮影できたが、人物の場合は相手に合わせなくてはならない。雑誌の人物写真の場合は15分程度で撮られていることが多い。スタジオでもロケ物でもスタートから終了まで1カット15分。撮影時間のことを人に話すとあまりのあっけなさに皆びっくりする。イメージとしては1時間くらい撮り続けている感じらしい。


一番撮影時間が短かったのは元ロッテ監督、現大リーグ監督のバレンタイン氏の撮影で5分弱だった。人物をシノゴの大型カメラで撮ることに凝っていた頃で、千葉マリンスタジアムに一式背負っていった。監督控え室で和やかにインタビューは進んでいたのに、いざ撮影となったら急にマネージャーが別室から飛んできて緊急会議があるからインタビューは終わりにしてくれと言ってきた。まだ写真撮ってないって。


急いでセットのところまで来てもらい撮影をはじめたが、シノゴで撮るのは手順が多い。黒布をかぶってピントを合わせ、シャッターを閉じて、露出計で出た値を元に絞りとシャッター速度を決め、フィルムを装てんし、シャッターをチャージして初めて準備完了。どんなに頑張っても1枚撮るのに1分はかかってしまう。3枚撮ったところで時間終了。編集者が不安そうに「大丈夫ですか?」と聞いてくる。「大丈夫、バッチリ」と答えたものの内心「これはヤバイ」と思っていた。


しかし不思議なもので「35ミリカメラで3枚」と言うと絶望的な感じがするが、「シノゴで3枚」だとなんとかなりそうな気がする。実際仕上がりは満足のいくもので、もしかしていつもは撮りすぎなんじゃないかと思ってしまった。


このコラムでも紹介した豊浦正明のHP
http://www.mao2.net/M_toyo/index_M.html
(バックナンバーM−37)でも似たような話しが出てました。大物シュワルツネッガーの撮影話です。読んでいて思わず吹きだした。他人の不幸は蜜の味。


人物撮影で一番やりたいのは「一発必中」ならぬ「一撮必中」。シャッターを1枚切って「ありがとうございました」これをやりたい。最もあこがれるのは、アメリカの写真家(名前は忘れたが有名らしい)がウエディングドレスの撮影で、準備終えて中庭を通るモデルを2階のスタジオから目撃。上から見たドレスのシルエットの美しさに思わずカメラを構え撮影。モデルがスタジオに入ったときに「本日の撮影は終了しました。ありがとうございました」とやった話だ。イイ!これやりたい。なんかとってもアメリカ人らしい話だけど。


小心者の僕としてはなかなかそうは思い切れない。そこで以前、エイトバイテン(フィルムサイズが20センチ×25センチの大型カメラ)のポラロイドでの人物撮影を試みた。これならその場で撮影結果がすぐ分かるし、仕上がりの大きさがB5サイズくらいあるからそのまま印刷原稿に使える。撮影対象はTRFのYUKI。スタジオでメイク待ちすること2時間半、インタビューに30分。僕がスタジオに入ってから4時間目にしてようやく撮影開始。


1枚目のシャッターを切ると1分間ポラロイドの現像待ち。その間もすかさずメイクの人の手がYUKIにのびる。出来上がりを彼女に見せてポーズをちょっと変えてもらい2枚目。現像が上がるとなかなかいい。そこですかさず「OKです。ありがとうございました」。これこれ、これがやりたかったのだ。出来たポラロイドを編集者に渡すと仕事は完了。現像待ちのハラハラがない始めての経験だった。


でも将来、写真のデジタル化が進んで撮影終了、即納品が当たり前になって現像待ちなんて言葉はなくなっていくんだろうな。そして爺になった僕は若手に向かって「昔はな…」と言い出すんだろうな。