vol.77:無駄なもの

夕食時、「見たわよ」と妻は静かに言った。マミヤ6を手に入れたのがバレたのだ。あたりまえだ、書いたのだから。呆れた顔で「ヘー、我家にお金があったんだ」とチクリ。


ないです… 余分なお金など残ってません。E-Macを買う予定のお金でバリ島へ行ってしまいました。今月は家の更新だったし。来月は車検でがっちり取られます。事務所の200ボルトもまだ引いてません(コラム69)。


でも!マミヤ6に後悔はしていない。今後仕事カメラとして大活躍し、我が家の危機的経済状態を救ってくれるに違いない! と、思う…




思えば随分無駄なものを買っている。フリーになる時に先輩のカメラマンから「機材は35ミリ、ハッセル、シノゴがあればいい」とアドバイスされた。なのに言うことを聞かず、まず独立後すぐにフジのGX680に手を出した。それからと言うもの、マミヤの645、ペンタックスの645、ペンタックス67、ローライの二眼レフ、マミヤRB67、エイトバイテンと遍歴を重ねた。


で、結局落ち着いたのが、35ミリとハッセルとシノゴ。先輩の言ったとおりだった。結局、売り買いを重ねて分かったことは、「売れているのには訳がある」と言うことと「便利グッズは便利じゃない」と言うこと。




カタログスペックでは完璧なのに使いづらい物もたくさんある。たとえば「今、何のカメラが仕事で使う分にはいいか」、と考えた場合(こういうことは考えているだけで楽しい)、35ミリよりサイズが大きく、使い勝手は35ミリと変わらず、オートフォーカスで、自動巻上げ。フィルムバックがポラやデジタルバックとも交換でき、交換レンズもたくさんある。しかも値段的にも手が出る範囲。というとマミヤ645AFDがいいということになる。


でも実際プロで使っている人はほとんどいない。カタログだけを見ていると完璧に思えるシステムなのに、実際にマミヤを触ってみるとなんともぎこちない動きをする。使っている人に話しを聞いてもいい答えが帰ってこない。ブローニーフィルムを使うなら、フィルムバックが交換できなくてもペンタックスの645Nが断然使いやすいと声を揃える。コンタックスの645は物として素晴らしいが、いかんせん値が張るし電池をあっという間に消費してしまう(AFを使うと20本も撮れないと聞いている)。


ペンタックスの645からコンタックス645に買い換えたカメラマンの奥さんは「ぺからコに変わっただけでなんでこんなに値段が違うのか!納得がいかない」とダンナを糾弾していた。ハッセルもフジとの共同開発で645サイズカメラを発表したが値段は高そうだ。




若い子で35ミリシステムをコンタックスで揃えるのが多くなっている。今のアシスタントもそうだし、来年から来る予定の子もそうだ。確かにコンタックスのレンズは素晴らしい。平間至を始め、いい仕事をする写真家でコンタックスを使っているものもいる。でも大半はニコンかキャノンだ。ミノルタやペンタックスの35ミリを使っているプロはおそらく5パーセント未満だろう。


皆がニコンやキャノンを使っているのには訳がある。今のアシスタントには以前から「コンタックスでシステムを揃えるのはヤメロ」と忠告しているのに頑として聞き入れず、レンズやボディを買い揃え、コンタックスプレビューという今では貴重品のポラロイドまで手に入れて悦に入っていた。


ところが独立が近くなって取材物の仕事をこなすようになると、コンタックスでは手早く撮影できないようで事務所のキャノンを頻繁に持ち出している。「だからあれほど言ったのに」というとイヤそうな顔をする。みんなそうだ、自分だけは特別と思ってしまうのだ。




今持っているキャノンとハッセルとシノゴで仕事はできるのだけど相変わらず中古カメラ屋巡りは続いている。別に買う予定もないのに冷やかしては楽しんでいる。


その中古屋巡りでどうしても忘れられない1品がある。ある時、中野にある「フジヤカメラ」のハッセルコーナーを覗いていると203FEという機種が目に止まった。フォーカルプレーンシャッターの200系シリーズが店頭に並ぶことは珍しい。ハッセルと言えばレンズシャッターの500系シリーズのことを指すことが多い。僕が仕事で使っているのも500系シリーズだ。


500系と違って200系は露出計が内臓されていて便利。シャッターを組み込む必要がないので大口径レンズも揃っている。でも値段が高いし、日本では修理が出来なくてドイツ本国送りになると言う噂もあって今ひとつ人気が薄い。ちなみに並行輸入品(カメラハウス扱い)ですら203FEボディ、マガジン、80ミリレンズのセットで67万8千円もする。


それがなんと、セットで20万円で出ているではないか。わが目を疑った。だってそのセットの横に203FEボディのみで35万円で出ているのだ。専用マガジンは7万円の値が付けられている。それが相場として正しいはずだ。でも何度見ても20万円のタグ。これは値段の付け間違いか?


とりあえずウィンドウから出して見せてもらう。程度は「AB+」と言うだけあってきれいだ(中古品は新品同様、A、AB+、AB、Bとクラス分けされている)。作動もしっかりしている。ピントも見やすいし、これと言った不具合は見当たらない。おそるおそる店員に「何でこんなに安いんですか」と尋ねたら「この200系シリーズは人気がないからこんなもんでしょう」とあっさり言う。じゃあウィンドウにあるボディだけで35万円というのはなんなんだ?


店員の値付けが変わったら困るので、そのことには触れず203FEの空シャッターを切り続ける。弱った、どうしよう。ハッセルはもう揃っている。レンズも5本あるし、ボディも2台ある。ファインダーやマガジンも揃っている。そこに203FEを買っても使い道があるだろうか?でも安すぎる。買うか?どうする?


買いきれなかった… 買えない値段ではなかったが… その夜悶々として寝付けない。「やっぱり買うべきだったか、いやいらない」の思いの繰り返し。翌日、仕事帰りにもう一度フジヤカメラに行って見たが当然のように売れていた。


その後何度も見に行くがその値段ではでていない。セットで40万円以上の値をつけている。あれはいったいどうした訳だったのだろう?あれから203FEが気になってしょうがない。




「無駄な物を買わずに済んでよかった」、と思えるほどまだ人間が出来ていないようだ。

(2002/10/26)